中田島砂丘に行ってきました

昨日(実は一週間前の7月18日)の夜のことです。

台風接近中で雨が降っていたのですが強硬して深夜0時からウィンドブレーカーを羽織りランニングに出かけました。

 

最初は家の近くの公園を周回していたのですが、そういえば進学とともに下宿してきて以来ここの海を見に行ったことがないなと思い、駅の方へ南に走り出しました。

 

位置関係はだいたい

    [北]家→(4km)→駅→(5km)→海[南]

こんな感じです。

で、南のほうの海の近くに砂丘があるはずと思い、夜間でも近づけるのか分かりませんでしたが、行ってみようと思いました。

 

そして日頃のスクワットやふくらはぎの筋トレの効果を実感しつつ、間あいだに歩きを挟みながら1時間ほど走りました。

 

駅より南はほとんど行ったことがなくスマホも持たずに飛び出したので、どこに向かっているのか、ちゃんとたどり着くのか不安でしたし、そのせいで多少道のりも長く感じていました。

 

途中、大きな川が2本あり、橋の上で景色を眺めました。といっても深夜の強雨の中、南のほうはカエルの鳴き声が絶えない田舎で真っ暗でしたけどね。

 

川に飛び込もうかとも思いました。すでにずぶ濡れでしたし、心の隅に、やれるだけのやりたい放題を尽くしたいという気持ちがあったかもしれません。

 

かなり南に走ってきて、そろそろ海に近づいた兆しが見え始めてもいいと思い始めるのですが、そのような気配は見られません。見知らぬ道を進み続ける中、地面を蹴って跳ねた泥も瞬時に洗い流されるほどに雨量は厳しくなり、不安な気持ちが強まるのと比例してペースは上がっていきました。

 

不安がまだ意識下に抑えられている間に中田島の文字が標識などに見え始め、砂丘が近いことを知り、またそれによっておおよその往復の距離の目処が立ったこともあり安心しました。そしてペースを上げて真っ直ぐ突っ走ってきた視線が自然と周囲に向けられ、そのときふと横道に深淵が見えました。

 

どうやら大きめの公園の入り口のひとつだと分かったのですが、まるで、入ったすぐそこに池でもあるのではないかというほどにわめく無数のカエルの鳴き声とあまりの暗闇に、一旦は立ち入るのを躊躇しました。

 

ですがなにかここを避けてはならない気がして、僕は一歩先が池ではなく水たまりであることを確認しつつ(辺りはかなり暗く、足元の1m先さえ凝視せずには状態を確認できませんでした)、恐る恐る、カエルの声と厳しい雨音で埋め尽くされた中を不安と少しの期待を胸にゆっくりと進んで行きました。

 

はじめて訪れた公園。かなり広いようで、この人気のない深夜と強雨の中、自分の知らない世界を見ることができるのではないかと、そんな期待に似た気持ちでした。

 

疑い深い足取りのなか雨水でぬかるんだ芝生を進みました。ふらふらと迷い込んだ僕を最初に出迎えたのは広々とした芝生の盛り上がった中心に立つ時計塔でした。身一つで走ってきたので、ここで始めて家を出てから1時間半ほど経っていることを確認しました。

 

少し進むと寂しげなブランコがポツリ。また進むと今度は相撲場があり、そしてまた進むと今度は風車小屋が立っていた。降り続ける雨といつまでも慣れないカエルの低い声、進む先に何があるのか、視界も悪く予測ができない状況。風車はこの不安な状況をより長くゆっくりしたものに感じさせた気がしました。

 

この公園は海に近いことから、津波から避難するためのマウンドがありました。野球のピッチャーマウンドを100倍のスケールにしたようなもので、見た目は古墳のようでした。

 

その避難マウンドの上に登れば公園の全容が一望できると思いさっそく登りました。マウンドには真っ直ぐ頂上へ向かう階段と、周りをヘビのとぐろのように巻いた道があり、道のほうは地面がタータンになっていてとても走り心地が良かったです。

 

もともと僕は持久力より専ら瞬発力のタイプで、走るのも短距離が得意でした。マウンドの周りの道を走りながら登っていくと自然と視線が上がりました。そこにはなんとも良い眺めがあり、足元は見えず、視界の一面は大きな空、そして遠くに都会の光が見える広々とした景色でした。

その光景に思わず足取りが軽くなり、つま先だけで地面を蹴り、肩甲骨を羽根のように動かして全力で駆け上がりました。僕が持久走が苦手な理由は単に過去に喘息もちだったこともあり肺活量に自信がないからなのですが、性格上つい力が入ってしまって速度が上がり、キープできないペースで走ってしまうというのもあるかもしれません。

 

避難マウンドの頂上からは体感15m(ビルの3階くらい?)の高さで周囲を見渡すことができ、かなり広い芝生が広がっていて、はるか遠くには自分が来たであろう駅周辺の街の光が見えます。広い空間に自分の心が同化していくのが感じられて、思い詰まったときには空でも見上げにまた来ようと思いました。そして駅と反対の方角には公園の深い森の上に重い空がのっかった感じで、森で隠れた空の下には海があるのだろうと思い僕は公園をあとにし、再び走り出しました。

 

すると間もなく、中田島砂丘と書かれた石看板を見つけ、ついにたどり着いた目的の場所に少しばかりわくわくする気持ちと、さっきの公園よりもさらに深々とした暗がりに入っていくことに気が引き締まる気持ちを覚えながら、看板を過ぎていきました。雨量を増し厳しくなっていた雨は、目的地に到着し僕の意識が砂丘に向かっていくのと歩調を合わせるように、次第に軽く細かいものになっていきました。

 

看板を過ぎると足元は砂になりました。一歩踏み込むと雨を含んだ砂に足が踝まで飲み込まれるので、垂直に足を引き抜きながらずんずんと進んでいきました。砂丘の入り口には柵で覆われた中にウミガメの模型があり、発見した時は瞬時には判別できず、びくりとさせられました。砂丘に入ると相変わらずのカエルの鳴き声と、なにやら雷のような重く深い轟音が反復されていました。

 

周囲が開けているはずなのにもかかわらず、砂丘内も相当に暗かったので途中で立ち止まり15秒間両目を手で塞ぎ、目を慣れさせました。(そもそも夜中に砂丘に立ち入って良いのかも分からず)勝手に入り込む僕は周囲に人がいないかを気にしながら、ゆっくりと進みました。

 

ある程度入っていくと左右に砂浜が開けました。所々にある大きな水溜まりが池のようになっていて、カエルの声はそこから聞こえていたようです。前方には高さ15mくらいある砂の壁が山脈のように左右にずっと続いていて、その先の視界を遮断していました。

 

僕はその急勾配な砂壁をずり落ちながらかろうじて登り切り、息を飲んでその先の景色に注目しました。そして最後の一歩を踏み込み顔を上げたその視界に最初に映り込んできたのは、ここまでの距離以上に広がる砂丘でした。

 

砂の壁を超えてなお続く同じ光景に一瞬唖然とさせられましたが、その遠く先、砂丘と空の境目に薄く、浜辺に打ち上がった波が白く見えました。ようやく見たかった海にたどり着くことができました。

 

そこで気づいたのが、雷が何かだと思っていた轟音は波の音だったということです。その日の風はそれほど強くありませんでしたが、台風接近の影響で海は荒れていました。

 

海に近づいて歩いていくと脳や身体が反応せずには居られないほど、波の音が大きく胸に響き、身の危機をジリジリと感じさせてきました。近づいてみて分かったのですが波の高さは少なくとも5mはありそうでした。暗くて海と空の色が同化し境目が判別しづらいのですが、モヤモヤと迫り来る波が返り飛沫で白くなったとき、はじめて波の姿がはっきり見え、その高さにやんわりと恐怖を滲ませました。

 

それほど生きていたいとも思わないのですが、波にのまれ捜索されるのも恥ずかしいのであまり近づかないところで腰を下ろし、すこし考え事をしました。海のような地球規模の質量の前では僕がどれほど抗っても0に等しいと実感しました。また、このままのまれてしまうとその広大な海の中では誰にも僕を見つけてもらえそうにないなと思いました。

 

しかし僕は、学校や会社で心をすり減らしても、立ち止まらないよう走り続けなければならない人間の社会をぶち壊すだけのエネルギーを持つこの自然の空間を気に入りまた来たいと思いました。僕は暗い砂浜で足元を凝視しながら1つの貝殻を拾い、砂浜を後にしました。

 

砂の壁の上まで戻り、左右の両端まで走ったあと、その景色を覚えるように数秒眺め、砂丘を去りました。

 

最寄りのコンビニで疲労に効くと思いレモン味のウィダーを買って飲み、膝関節と膝裏の筋肉の調子を整えて帰路を走り出しました。

 

行きと違い、帰りは一度見た道で距離感覚もあったので、行きのような不安はなかったのですが、膝の痛みが出てきてしまい、止まってはストレッチして走り出すのを繰り返しながら、なんとか時間をかけて家に帰ってくることができました。

 

最初に家を出てから4時間弱での帰宅でした。約20kmほど走ったようで疲労がハンパなく、帰宅後はびしょ濡れのウェアを脱ぎ捨てて洗濯機に投げ込み、プロテインを摂り、入浴し、ストレッチをして就寝しました。

 

前半は特に厳しい雨でしたが、雨水は、僕の頭に浮かんではグルグルと悩ませ続ける思考と、拭っても拭ってもじわじわと湧いてくる心のもやを洗い流し続けてまったく不快さはなかったです。そしていくつもの知らない景色に出会えたことになにより満たされました。

 

いまの僕の気分や気持ちを、せま苦しい心よりもずっと大きなスケールで表現してくれたその日の夜と雨空と公園と砂丘と海に感謝します。

 

(終わり)